研究ハイライト

世界に先駆けるトポロジカル反強磁性体の研究(外部サイト)

トポロジカル反強磁性体とそのスピントロニクス応用に関する最新の研究成果がJSTホームページに掲載されました。

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トポロジカル磁性体の異常ホール効果の超高速ダイナミクス

磁性体に電場を印可すると、それと平行方向だけでなく垂直方向にも電流が生じることが知られている。これは異常ホール効果と呼ばれ、近年では物質の持つトポロジカルな性質とも深く関わりがあることが明らかにされている。一方、不純物由来の散乱による異常ホール効果も存在し、異常ホール効果が観測されるたびにその微視的機構がどちらに起因するものかが必ず議論の対象となっている。本研究ではトポロジカル磁性体Mn3Snにフェムト秒光パルスを照射しそれによって生じる異常ホール効果の変化を、テラヘルツ波パルスの偏光回転を通して調べる実験を行った。その結果、縦伝導は3%しか変化しないにも関わらず、ホール伝導は0.5 psほどの時間で40%も変化することが明らかとなった。この実験結果は、トポロジカルな性質が起源だとするとよく説明できる一方、不純物散乱由来だとすると全く説明できない。すなわち、本研究は光パルスを当てた直後の異常ホール効果を調べることで、その微視的機構を解明する新手法を開拓したものである。また、異常ホール効果は磁性体の磁気情報を電流によって読み出す手段としても重要であるが、本研究成果は磁気記録媒体への情報書き込みおよび読み出しの速度限界を決める機構を明らかにするものとしても注目される。

この成果はPhysical Review Lettersに掲載されました。

反強磁性体Mn3Snを用いたトンネル磁気抵抗効果の観測

トンネル磁気抵抗(TMR)効果は、磁性金属で絶縁体を挟んだ磁気トンネル接合を流れるトンネル電流が、磁性金属層の持つ磁気モーメントの向きによって変化する現象であり、磁気抵抗メモリなどに応用されている。

TMR効果は、強磁性金属層/絶縁体層/強磁性金属層で構成される接合系で主に観測されており、反強磁性体は磁化が補償しているため磁性金属層として用いることは困難であると考えられてきた。本研究では、異常Hall効果など強磁性体と類似の応答を示す反強磁性体であるMn3Snに着目し、Mn3Sn/MgO/Mn3Sn磁気トンネル接合系を作製した。磁気抵抗効果測定の結果、Mn3Snを用いた接合系において室温でTMR効果を観測することに成功した。反強磁性体は強磁性体よりも高速なTHz帯での応答が可能であるため、本研究は、反強磁性TMR効果の学理開拓のみならず、今後、高速動作メモリの開発などの産業応用へも繋がると期待される。

 

この成果はNature誌に掲載され、Phys.orgEurekAlert!Utokyo FOCUSなどに取り上げられました。

トポロジカル反強磁性体における巨大ピエゾ磁気効果の発見

高速・低消費電力・高集積化を可能とする反強磁性体を使った不揮発メモリの研究において、その磁気構造の制御は重要な研究課題です。ワイル反強磁性体 Mn3Sn は反強磁性体でありながら巨大な異常ホール効果を示し、さらに外部磁場や電流でその符号を反転できることもわかっているため、反強磁性スピントロニクスにおいて現在最も注目を集めている物質です。

東京大学の中辻教授の研究グループと共同研究者は、米国のコーネル大学とジョンズ・ホプキンス大学、および英国のバーミンガム大学と共同でトポロジカル反強磁性体 Mn3Sn の磁気構造を歪みにより制御することに成功しました。歪みによる磁気構造の変化はピエゾ磁気効果と呼ばれますが、本研究ではわずか 0.1%という非常に小さな歪みで異常なホール信号の符号を反転させることに成功しました。この発見は従来の電気的制御をより高速、低消費電力で実現するための重要な指針となります。

この成果はNature Physics誌に掲載され、Physics Worldで取り上げられました。

反強磁性体の磁化状態を電流により100%反転させることに成功

強磁性体のスピンを記憶素子に使った磁気メモリ(MRAM)は電気を流していなくても情報を維持するという「不揮発性」を持つため、次世代省エネメモリとして普及し始めています。それをさらに上回る可能性があるのが反強磁性体を用いた磁気メモリです。反強磁性体は強磁性体のような漏れ磁場が無いため高集積化可能で、さらにスピンの応答速度が強磁性体の場合(ナノ秒)に比べて100~1000倍速いピコ秒であるため、超高速化・超低消費電力化・高集積化の磁気メモリを可能にします。これまでの研究で、トポロジカル反強磁性体Mn3Snの磁化状態(「0」、「1」)を電流により反転できることがわかりました。しかし、全体のうち数10%程度の面積に由来する信号しか制御できていませんでした。これは記憶素子(ビット)のサイズを小さくしていったときに反転できないビットが出てくることを意味し、反強磁性MRAM実現への大きな課題でした。

東京大学の肥後友也特任准教授、中辻知教授は理化学研究所の近藤浩太博士らとともに、トポロジカル反強磁性体Mn3Snの磁化状態を100%電流で反転させることに成功しました。本研究により課題であった記憶素子の信頼性の問題が解消され、超高速・超低消費電力・高集積の反強磁性MRAM実現に向けて大きな前進となりました。

この成果はNature誌に掲載され、Phys.orgEurekAlert!Utokyo FOCUSなどに取り上げられました。

フェリ磁性合金薄膜の磁化補償とその膜圧依存性

希土類と遷移金属から成るフェリ磁性体は、希土類のスピンと遷移金属のスピンが反平行になることで強磁性体のようなスピンの操作性と反強磁性体のようなゼロ磁化(磁化補償)を同時に実現することができます。これにより、高密度で高速な次世代スピントロニクスデバイスを作ることが可能になります。

東京大学の石橋未央特任研究員、中辻知教授らはフェリ磁性体TbFeCo薄膜の磁気特性を系統的に調査しました。その結果、TbFeCo薄膜の膜厚を薄くすると、磁化が補償するTb組成が増加することがわかりました。これはTb原子がPt下地層と混ざることにより、Tb原子が磁気的に不活性になるためと考えられます。さらに本研究では、Tb原子の磁性消失と垂直磁気異方性の関係も明らかにしました。本研究は磁気メモリデバイス作製において重要となる、大きな垂直磁気異方性を持つフェリ磁性薄膜の設計に有用な指針を与えます。

この成果はApplied Physics Lettersに掲載されました。

高速通信に対応した光電変換デバイスの開発

通信データ量の増加に伴い、電気回路より高速な光通信は現在増加の一途を辿っています。一方、コンピュータの情報処理は高密度化が可能な電気回路であり、高速・低消費電力の光電変換デバイスの重要性が益々高まっています。光電流が直接電圧に変換されるレシーバー不要のシステムは省電力化の観点から非常に魅力的ですが、寄生容量の大きさと回路抵抗から来る時定数のため高速化に課題がありました。

東京大学の竹中教授の研究グループと共同研究者は、Si基板上のInGaAs超薄膜を用いることで、高い光電変換効率と低容量化を同時に実現できるデバイスを作成しました。このデバイスを用いることでレシーバー不要の低消費電力な光電変換が可能になります。

この成果は2022 IEEE Symposium on VLSI Technology and Circuitsに掲載されました。

反強磁性体におけるベンチマーク第一原理計算

異常ホール効果は磁性体の磁化により電子の運動が曲げられることで生じるため、磁化の大きな磁性体で大きくなると考えられてきました。しかしワイル反強磁性体Mn3Snにおける巨大異常ホール効果の発見により、正味の磁化とは異なる指標が必要であることがわかりました。これまでの理論研究により、反強磁性スピンの集団をクラスター多極子とみなすことで、異常ホール効果を誘起するかどうかの判定に利用できることがわかっていました。

東京大学の有田教授の研究グループと共同研究者は、クラスター多極子理論が反強磁性体の磁気構造を特定するのに非常に役に立つことを明らかにしました。クラスター多極子理論に基づいて131 の物質で考えられる約3000の反強磁性構造のハイスループット計算を行うと、実験で知られている磁気構造を精度良く再現できることがわかりました。この手法を未知の物質に適用することにより、今後新しい反強磁性体の理論的探索が行われ、新たな次世代スピントロニクス材料の発見へとつながることが期待されます。

この成果はPhysical Review Xに掲載されました。